貸借対照表などの財務諸表には、企業の会計上の資産である「物的資産」や「金融資産」が載っていますが、我々は財務諸表には載らない「組織資産」「人的資産」「顧客資産」を「プレ財務資産」と呼び、将来の企業価値につながるものとして重視しています。あえて「非財務資産」と呼ばないのは、それらを「財務ではないもの」としてネガティブに捉えるのではなく、いずれ財務資産になるポジティブなものとして捉え直したいと思っているためです。
中でも「組織資産」は人々が情熱を持って「ワクワク」できる、「人的資産」は従業員が「イキイキ」と働ける、「顧客資産」は顧客が「ニコニコ」できること
がキーワードになります。
「SDGs(持続可能な開発目標)」「ESG(環境・社会・企業統治)投資」といった言葉が用いられるようになったのは近年のことですが、財務諸表に載らない“見えない資産”である「プレ財務資産」が大事であるということは、今も昔も変わりはないと思っています。伝統ある著名なヘッジファンドも、特に「プレ財務資産」を詳細に調べ上げています。
「プレ財務資産」は研究開発や、従業員が長期間、一貫して取り組んでいる事業なども含まれます。研究開発は成果が出るまでに何十年という単位で時間がかかりますが、社会的な課題を打破する新しい技術を生み出す可能性があります。また、企業が確固たる目的に向かって経営されていれば、従業員のモチベーションが安定して高くなりやすいといえます。「プレ財務資産」がいつ財務資産になるかは経済状況の波に影響されるため、すぐに業績の向上につながるものではありませんが、いずれ価値を生む要素として私も重要視しています。
実際に、社員のウェルビーイングに取り組むことによって業績が回復した企業を見たことがあります。そこでは社員をコストとしてみなすのではなく、資産として捉えるようになりました。具体的には、全ての社員が働きがいを感じられるように仕事のやり方を改善しただけでなく、社員食堂を使いやすくし、敷地内にスポーツジムを併設しました。すると、社員は活気を取り戻し、経営状況は改善されていったのです。
企業の長期的な成長のためには、ESGのすべてが大事であり、時間軸の観点ではステークホルダー(利害関係者)の中に必ず「将来世代」を入れることも重要です。それを裏付けるものとして、「DCF法」という代表的な企業価値の算出手法に基づいた分析によれば、企業価値の6割は「10年後も価値を生むもの」によって決まっており、単発的な好成績はあまり関係しないことが分かっています。
従業員の働きがいを示す「人的資産」には、目的や方向性も大事になります。価値の高い人材がいても、企業戦略が間違っていたら、彼らは誤った方向に走ることになり、これでは価値創造にはつながりません。
日本企業の多くは、現場のエンジニアの質は非常に高いのですが、戦略面で海外の企業と比べて課題があると感じています。ものづくり分野を例に考えてみると、ソフト面の改良需要が高まっているときに、高品質なハードを開発することにコストを偏らせすぎてしまうと、市場からの評価につながりにくい。時流を読んで、自社の未開拓分野の知見が必要な場合は、別の企業や業界とコラボレーションすることも必要になるでしょう。つまり、足し算ではなく、掛け算で全体を考えることが大事なのです。みんなが笑顔になるためには、品質の良さだけでなく、業界や職種にこだわらない広い視野が求められます。
人や企業のウェルビーイングを持続するためには、「地球のウェルビーイング」という概念もまた基本となります。ステークホルダーに含まれる将来世代が幸福な生活を続けるためには、地球にある、限りある資源を使い尽くしてしまうわけにはいきません。つまり、企業価値を持続可能にするには、環境への配慮が不可欠ということになります。
また、このようにESGを分解して、それぞれについて考えてみると、3つの要素は連鎖的につながっており、そのため、等しく重要な課題であることが改めて理解していただけると思います。