Well-being有識者インタビューVol.3

「証券会社のアナリスト時代から、経営者に寄り添い、企業価値について考えてきた」というバリュークリエイトの佐藤明氏は、財務諸表に載らない資産を「プレ財務資産」と名付け重視してきた。そうした資産の一つ、「ウェルビーイングの見える化」も、テクノロジーの進化により急速に進んでいると実感している。

バリュークリエイト パートナー 佐藤明 氏

野村證券グループで証券アナリスト。2001年バリュークリエイト設立。これまでに東京理科大学大学院非常勤講師、複数の事業会社の調査部長、ソケッツの社外取締役、無形資産の評価活用を目指すWICIジャパン理事を務めてきた。

SDGsやESG注目される理由は?

貸借対照表などの財務諸表には、企業の会計上の資産である「物的資産」や「金融資産」が載っていますが、我々は財務諸表には載らない「組織資産」「人的資産」「顧客資産」を「プレ財務資産」と呼び、将来の企業価値につながるものとして重視しています。あえて「非財務資産」と呼ばないのは、それらを「財務ではないもの」としてネガティブに捉えるのではなく、いずれ財務資産になるポジティブなものとして捉え直したいと思っているためです。

中でも「組織資産」は人々が情熱を持って「ワクワク」できる、「人的資産」は従業員が「イキイキ」と働ける、「顧客資産」は顧客が「ニコニコ」できること がキーワードになります。

「SDGs(持続可能な開発目標)」「ESG(環境・社会・企業統治)投資」といった言葉が用いられるようになったのは近年のことですが、財務諸表に載らない“見えない資産”である「プレ財務資産」が大事であるということは、今も昔も変わりはないと思っています。伝統ある著名なヘッジファンドも、特に「プレ財務資産」を詳細に調べ上げています。

「プレ財務資産」は研究開発や、従業員が長期間、一貫して取り組んでいる事業なども含まれます。研究開発は成果が出るまでに何十年という単位で時間がかかりますが、社会的な課題を打破する新しい技術を生み出す可能性があります。また、企業が確固たる目的に向かって経営されていれば、従業員のモチベーションが安定して高くなりやすいといえます。「プレ財務資産」がいつ財務資産になるかは経済状況の波に影響されるため、すぐに業績の向上につながるものではありませんが、いずれ価値を生む要素として私も重要視しています。

実際に、社員のウェルビーイングに取り組むことによって業績が回復した企業を見たことがあります。そこでは社員をコストとしてみなすのではなく、資産として捉えるようになりました。具体的には、全ての社員が働きがいを感じられるように仕事のやり方を改善しただけでなく、社員食堂を使いやすくし、敷地内にスポーツジムを併設しました。すると、社員は活気を取り戻し、経営状況は改善されていったのです。

企業の長期的な成長のためには、ESGのすべてが大事であり、時間軸の観点ではステークホルダー(利害関係者)の中に必ず「将来世代」を入れることも重要です。それを裏付けるものとして、「DCF法」という代表的な企業価値の算出手法に基づいた分析によれば、企業価値の6割は「10年後も価値を生むもの」によって決まっており、単発的な好成績はあまり関係しないことが分かっています。

従業員の働きがいを示す「人的資産」には、目的や方向性も大事になります。価値の高い人材がいても、企業戦略が間違っていたら、彼らは誤った方向に走ることになり、これでは価値創造にはつながりません。

日本企業の多くは、現場のエンジニアの質は非常に高いのですが、戦略面で海外の企業と比べて課題があると感じています。ものづくり分野を例に考えてみると、ソフト面の改良需要が高まっているときに、高品質なハードを開発することにコストを偏らせすぎてしまうと、市場からの評価につながりにくい。時流を読んで、自社の未開拓分野の知見が必要な場合は、別の企業や業界とコラボレーションすることも必要になるでしょう。つまり、足し算ではなく、掛け算で全体を考えることが大事なのです。みんなが笑顔になるためには、品質の良さだけでなく、業界や職種にこだわらない広い視野が求められます。

人や企業のウェルビーイングを持続するためには、「地球のウェルビーイング」という概念もまた基本となります。ステークホルダーに含まれる将来世代が幸福な生活を続けるためには、地球にある、限りある資源を使い尽くしてしまうわけにはいきません。つまり、企業価値を持続可能にするには、環境への配慮が不可欠ということになります。

また、このようにESGを分解して、それぞれについて考えてみると、3つの要素は連鎖的につながっており、そのため、等しく重要な課題であることが改めて理解していただけると思います。

企業内幸福度が競争力に直結「プレ財務資産」時代の幕開け

ウェルビーイングを示す手段は様々で、逆に言えば企業から発信するすべての情報がメディアになると思います。統合報告書に記載するなど、対外的に正式な資料で示すのはもちろんですが、内部向けに理念を浸透させることも重要です。例えば、職場の誰もが使う化粧室や会議室に理念を掲示する際は、いつでも新鮮味を感じてもらえるよう、見え方を工夫するのも効果的でしょう。より多くの人に伝えるためには、遊び心やちょっとした仕組みづくりも必要なのです。

最近働き始めたZ世代(1996~2015年生まれ)にとっては、数年しか所属するつもりがなくても、その企業がどんな長期ビジョンを掲げているかは非常に重要な就職先選びの判断軸になっているようです。つまり、環境保護や社会的課題の解決に向けた活動が、仕事内容や雇用条件などと同等に評価されている。このことを鑑みるに、ウェルビーイング実現に向けた取り組みは、優秀な人材を確保するためにも必須の条件になることでしょう。

ウェルビーイングイニシアチブは「主観的幸福の数値化」を大きな目標として掲げていますが、見えない資産を“見える化”することは、私にとっても長年の課題となっており、すでに約25年のライフワークになっています。3年ほど前までは、山でいうと2合目で留まっている状態でしたが、テクノロジーが進化し、既存情報を使った研究が進んだことで、急に5合目まで達した感があります。

今は、例えばネット上の転職サイトに元社員が書き込んでいる企業の雰囲気や働きやすさなどについてのコメントからウェルビーイング度を推定し、それが業績や株価とどのように関係するのか、統計を取ることができるようになっています。これだとネット上の情報活用ですみ、定期的に社員向けにアンケートなどの調査を実施するような手間も必要がありません。また、率直な意見が寄せられるオープンな場ですから、企業同士の横並びの比較も可能であり、どちらの点においても画期的といえるでしょう。日本企業の生産現場ではすでに様々な指標を取り入れていますから、これらも経営の場でもっと活用すべきだと思います。

ウェルビーイングの指標は、毎日チェックするというよりも、大事ではあるが、時々見る指標と考えた方がうまくいくのではないでしょうか。目に見えないものを数値化しているのですから、上昇や下降を大まかに捉え、経営者が大局的な判断をしていくべきです。「見えない資産の見える化」については、これから一気に8合目まで到達したいと思っています。ウェルビーイングへの注目度の高まりや近年の技術革新のスピードを見ると、今後は様々な指標が出てくるでしょうから、指標の選び方も大事になってくるでしょう。

CONTACT ご質問・お問い合わせはこちらから