Well-being有識者インタビューVol.6

日本の資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一が大正5年に記した「論語と算盤(そろばん)」は、100年以上たった今でも多くのビジネスパーソンに読み継がれている。その渋沢栄一を高祖父に持つ渋澤健氏は、2008年のリーマンショックの最中に、長期的な資産形成と持続可能な社会を目指してコモンズ投信を設立した。「論語と算盤は相反するように見えるが、両方が備わらなければウェルビーイングは実現できない」と強調する渋澤氏に、投資家から見た企業の持続的な価値創造と非財務情報の可視化について話を聞いた。

写真:渋澤健氏

シブサワ・アンド・カンパニー 代表取締役 兼 コモンズ投信 会長 渋澤健 氏

経済同友会幹事、アフリカ開発支援戦略プロジェクト副委員長、国連開発計画SDG Impact Steering Group委員、東京大学総長室アドバイザー、「新しい資本主義実現会議」有識者メンバー。米系投資銀行で外債、国債、為替、株式、デリバティブのマーケット業務に携わり、1996年に米大手ヘッジファンド入社。2001年シブサワ・アンド・カンパニー、08年コモンズ投信創業。

人材を重んじる企業が投資家に注目されるには

私にとって“ウェルビーイング”とは「この世に生まれてきてよかった」という感覚を持てることだと考えています。仕事やプライベートの活動を通じて自分を表現できていて、社会や環境が整っていると「生まれてきてよかった」と感じる人が多いでしょう。一方で、そのバランスが崩れていると「なぜこんなことをしているのだろう?」と感じるはずです。そのため、人々の充実感や幸福感を含むウェルビーイングと、企業の価値創造は密接に関係しています。

現在、企業の価値は、主に財務面の数字で判断されています。それ自体はロジカルな方法ですし、否定はしません。しかし、可視化できている部分は企業の価値のごく一部で、いわば「氷山の一角」に過ぎないということも留意すべきでしょう。

企業の実際の価値の大半は、資本市場や社会からは見えないところに存在しています。「企業にとって一番の財産は“人”である」とよくいわれますが、まさに人材の価値は可視化されていません。会計の目線で見てみても、企業の貸借対照表の資産側に人の価値は載らず、逆に損益計算書で“費用(コスト)”として計上されています。

企業の一番の財産である「人」が、“費用”としか表現できない従来の企業価値の測定には、限界があると言わざるを得ないでしょう。本来であれば一番の財産(=人/人件費)を削ることで利益が上昇する、つまり財産を削ることが価値を創造するという見た目になっているからです。これは非常に短期的なものの見方で、会社に残る「人材」という財産づくりに使った人件費や教育費がただ利益をマイナスにするものとして見えているわけですから、「ゴーイングコンサーン(継続企業の前提)」に相反しているとも捉えられます。長期投資の観点では、人を大事にしない企業は投資対象にはならないと私は考えています。

消費者も、その企業が提供するサービスだけを知っていて、働く人たちの充実感や幸福度については知らないことがほとんどでしょう。しかし、社員の幸福度が高ければ、企業の価値創造力が高まり、より良いサービスが生まれてくるでしょうから、消費者も企業のウェルビーイングについて知る価値があるはずです。

幸福と経済を両立する社会へ変化はすでに始まっている

渋沢栄一の「論語と算盤」には、ウェルビーイングと通じるものがあると思います。その共通点は「AかB(or)」という二者択一ではなく「AとB(and)」であることに意味がある、という観点です。「自分か社会か」ではなく「自分と社会」の両方を高める行動をすることにより、新しい価値が生まれてきます。「か(or)」は効率性を高める利点もありますが、効率だけではウェルビーイングは実現できません。

世界を見渡してみれば、時代はすでに変化を始めています。投資家が投資判断をする際に必要となる評価基準にも、企業のウェルビーイング度が反映されつつあるのです。具体的には、社会的インパクトや非財務情報を数値的に測定し、会計制度に反映する試みがなされています。私の考えでは「企業が持つすべての財産を数値化する」ということは不可能だとも思いますが、このような研究が始まっていること自体を前向きに捉えています。

その手法の一つが、ハーバードビジネススクールが主導する「インパクト加重会計」です。これは、損益計算書や貸借対照表などの財務諸表に記載される項目のことで、従業員・顧客・環境・社会に対する企業の正と負の影響を記載し、財務の健全性と業績を補足することを目的としています。また、投資家や経営者が、自身の利益や損失だけでなく、企業が社会や環境に与える広範な影響を考慮し、十分な情報を得た上で意思決定を行うことができるような、統合的な業績を示すことを目指しているそうです。

これらの指標づくりはまだ始まったばかりですが、時代の変化とともに研究が始まっているということが大切です。30~50年後にコロナ禍の今を振り返ったとき、「企業の社会的インパクトを数値化して会計制度に反映するのが当たり前になったのは、コロナ禍があったからだ」ということになるかもしれませんね。

社会貢献の“見える化”は日本企業のアピールにつながる

日本の企業の中には「我々は『三方よし』を基に以前からESG(環境・社会・企業統治)に取り組んできた」という経営者も多いですし、実際に社会的な取り組みを率先して行う企業もたくさんあります。しかし、その取り組みが、世界的に通じるような形で可視化されていないということが問題です。企業の内部では、自分たちがもたらしたよい影響が理解できているかもしれませんが、「社会良し」の測定がなされないので、その取り組みや成果が広く一般に伝わりません。売り手目線で「自分たちは社会によいことをしている」と実感するに留まってしまっているように感じます。

「三方よし」は素晴らしい概念ですが、測定・数値化という共通言語をつくる部分が弱いと感じています。数値による可視化をすれば、身内だけでなく、遠く離れて違う文化を持つ人たちにまで伝達することができます。実際に、見えない価値の可視化の取り組みを始めて、すでに独自のリポートを提出している先進的な日本企業もあります。

「企業の最大の非財務的価値は人だ」という話をしました。日本の株価が戦後最高値を更新した時点でも、まだPBR(株価純資産倍率)が1.0を割っている会社が4割程度あったことを考えると、企業に将来生じる価値を織り込んで人々は投資しているわけです。なのに投資家が期待を寄せる現状の「見えない価値=人材」は、現在の会計制度では、純資産をマイナスにだけする要素になってしまいます。

実際に、会社にいくら優秀な人がたくさんいても、資本市場からは見ることができません。これは日本企業全体の課題といえます。そして、だからこそ「インパクト加重会計」を導入することによって、企業の見えない価値が可視化されれば、資本市場から評価されて、時価総額(株価)が適正なレベルに近づく可能性があると考えます。

日本がルール策定側にいないことも問題です。「インパクト加重会計」の研究段階では、日本企業の考えを反映することが重要です。それによってよりよいルールができるはずです。「インパクト加重会計」は完全ではなく、インパクトの数値目標を単に達成することが目的化してしまい、本来の環境・社会のインパクトの目的が軽薄化されてしまうというリスクもあります。限界や制限がある中で、試行錯誤しながらどうすれば価値を表現できるのか、部署や組織の壁にとらわれず議論してほしいものです。

日本の企業はせっかく社会活動を行っているのですから、商品やサービスの宣伝だけでなく、自分たちの価値創造について様々なステークホルダーにコミュニケーションすることも予算化すべきだと思います。特定の担当部署の仕事にせず、全社的に取り組んでいくことで社内が刺激されて、結果的に企業価値創造につながることを期待しています。

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