Well-being有識者インタビューVol.11

国連は2012年から「国際幸福デー」を設け、毎年3月20日をその日に定めた。国連は、世界中の人々が分け隔てなく幸福に生活することを目標に掲げ、幸福は公共政策に反映されるべきものとして国際幸福デーを制定した。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授は、組織や製品、サービス、教育、地域づくりなどにウェルビーイングの観点を取り入れるべきという考えのもとで、ウェルビーイング研究に取り組んでいる。ウェルビーイング学会で代表理事も務める前野氏に、ウェルビーイングな働き方や組織づくりについて話を聞いた。

写真:前野隆司氏

慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授 前野隆司 氏

専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現職。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。

あらゆるモノや制度に「人の幸せ」を織り込むべき

私が幸福に関する研究を本格的に始めたのは、現職のシステムデザイン・マネジメント研究科に移った2008年ごろです。私の出身は工学系ですが、本科では文理や産官学の枠を超えた学問に取り組んでいます。

現在の研究をはじめたきっかけは、モノやサービスを作る際の設計に、人の幸せが考慮されていないのはおかしい、と思ったことでした。そもそも、企業が発売する製品は、人を幸せにするために作られているはず。しかし、設計する時点で「幸せ」という観点が抜け落ちていて、完成品を利用した人が幸せになるのかどうか不確実なのです。これは大きな構造上の不備といえるでしょう。その後、学問領域を超えた研究を進めていく中で、組織づくりや教育、地域づくりでも、人の幸福を設計時から織り込むべきだと考えるようになりました。

では、人はどうしたら幸せになるのでしょうか。心理学の研究では、「周りの人に感謝する」「自己肯定感が高い」などの条件が必要であることが分かっています。ですから、それらの要素を実現するための仕組みを、製品や組織運営に具体的な形で反映することが大切です。

「幸福とはなにか」「人はどうしたら幸福に感じるのか」という根本的なことを研究しているのは心理学で、日本では文系の学問に分類されます。しかし、工学や医学などの理系分野も、生活の中で人の幸福と密接に関係していますから、文理の垣根を越えて知見を合体させることが必要です。実際、幸福の研究に心理学以外の学問分野が合流することで、学術的にも大きな発展を遂げています。

振り返ってみると、私と同時期くらいから、心理学以外でも幸福について研究をする人が増えてきていました。そこからムーブメントが徐々に大きくなり、いまのSDGs(持続可能な開発目標)重視の動きにもつながっているのではないでしょうか。

社員のウェルビーイングが会社の発展につながる

社員が幸せに働くことで、本人だけでなく組織にも多くのメリットがあることは、すでに研究で証明されています。なぜなら、幸せに働いている人は、「生産性や創造性が高い」「離職率や欠勤率が低い」「チャレンジ精神がある」など、企業の発展に欠かせない特徴を多く持っているからです。

では、働く人が幸福になるための条件とは何か。それは仕事が好きということ以外にも多くの要素に支えられています。例えば、仕事に没入できたり、職場が好きであったり、人の役に立っていると感じたり、周囲の人に感謝できたり、自分らしく働けていたり…と、細かく分析すると20種類とも100種類ともいわれています。それらの要素の中心となるのは「やりがい」と「つながり」です。

「やりがい」とは、自分の仕事に関して、主体的に決定することで生じます。自分で物事を動かしている感覚があれば、わくわくしながら働けるでしょう。一方「つながり」とは、職場の関係性の中で承認されている感覚を持つことです。自分のしている仕事に対して感謝されることや、人間として尊重されること、職場で信頼できる関係性を築くことが大切です。

しかし、往々にして、「やりがい」と「つながり」は両立しないものと思われがちです。例えば、仕事にやりがいを感じてストイックに働いているけれど、結果を追求するあまりに周囲から孤立してしまう人と、職場でのつながりを重視し、摩擦を恐れて周囲と横並びの仕事しかできない人の、どちらが幸福なのでしょうか?

わたしの研究では、「2つの要素を両立している人が、幸せに働ける人」だと考えています。やりがいを求めてスタンドプレーが多くなると孤立してしまいがちですし、つながりは行き過ぎれば同調圧力になります。主体的に仕事を進めながら、周囲との関係性を保つことは不可能ではありません。幸福な働き方のためには、どちらか片方だけでは不十分なのです。

この30年間で、日本企業はつながりを希薄化しすぎたと感じています。日本人は集団生活を重んじる農耕民族なので、孤立すると不安になりやすいといわれます。社員旅行をなくしたり、最近はコロナ禍で対面のコミュニケーションができなかったりして、組織内のつながりが弱くなったのではないでしょうか。

よく勘違いされてしまうことなのですが、社員が幸せに働くことは、刺激や緊張のない状態、いわゆる「ぬるま湯につかっている」ということとは全く違います。先に述べた通り、幸せに働いている社員は創造的かつチャレンジ精神にあふれているため、新しい仕事を生みやすくなります。周囲と協力関係を保ちつつ、新しい観点でサービスを構築していくので、むしろ会社の繁栄につながるのです。企業やその経営者がイノベーティブな事業を生み出すためには社員が幸福に働けることが不可欠ですし、そのためには社員にスキル的な成長だけを促すのではなく、人間的な成長を共に目指すことが大切だと思います。

日本の産官学が連携し幸福重視の新時代を切り拓く

現在、私はウェルビーイング学会で代表理事を務めています。本学会は、文理や学問分野、産官学の壁を越えて、ウェルビーイングが行き届いた社会をつくるための「ハブ」となることを目指しています。

とはいえ、それぞれの得意なことや、できることは違います。政府や地方公共団体には、国民の幸福追求権を各省庁の政策にも取り入れることを期待しています。日本国憲法の基本的人権の項には「幸福追求権」について書かれていますが、その幸福とはなにか、国民はどうしたら幸福追求できるのかについては明記されず、現在までほとんど議論されてきませんでした。私なりに言い換えれば、「国家の基本設計に、国民の幸福が入っていなかった」というわけです。今後は、ウェルビーイングを担当する大臣を配置し、幸福重視の観点からすべての政策に横串をさすといったことをすべきだと思います。

自治体レベルでも、住民の幸福を政策の基本に据えている基礎自治体の連合である「幸せリーグ」など、ウェルビーイングについて考えるための団体もできています。自治体がまちづくりの設計に住民の幸福を埋め込み、互いの事例について学びあいながら成長することができれば、日本人の幸福度上昇に役立つでしょう。

また産業界においては、製品やサービスをつくる際に、設計の段階でウェルビーイングの観点を取り入れることを当たり前にするべきです。自社の製品やサービスを使えば使うほど人々が幸せになるためには、どうしたらいいのか。それを考える方向へシフトしてほしいのです。

教員の立場で学生を見ていても、たくさん働いて出世し、お金持ちになるよりも、ウェルビーイングな状態で働ける会社に行きたいという学生が増えていると思います。優秀な学生も大企業や官僚を目指すのではなく、最初から中小企業やベンチャーに入ってやりたいことをやる。自分の能力が生かせるところ、成長できる場所を求めているのです。こういう人たちが時代に変化を起こすと思います。

日本はもともと、文化的に東アジアや東南アジアと同じく集団主義的な背景を持っています。しかし、欧米諸国に倣った個人主義的な教育も受けているため、双方の心情を理解しやすい立場にあると思います。海外の学者と接していても、日本は世界の様々な国から尊敬されていると感じるので、世界のピース・アンド・ハーモニーを引っ張っていく国になれるはずです。

日本は少子高齢化が進み、経済は低成長の時代に入りました。この状況をポジティブに捉えるなら、「経済だけでなく、心の成長も大切だ」ということに、世界に先駆けて気づくことができた…といえるでしょう。なぜなら、これまでの研究成果が示している通り、幸せとは経済的な豊かさだけに裏付けられるものではないからです。道徳心を持って助け合うことや、議論、チャレンジを積み重ねて、人類全体がよりウェルビーイングな状態になることを目指すことが新時代の目標なのです。

CONTACT ご質問・お問い合わせはこちらから