Well-being有識者インタビューVol.12

人々が心身ともに健康で、幸せを実感できるウェルビーイングな人生を送るためには、適度な運動や休養、食生活などと共に、病気の発症予防も大事な要素の一つになる。生命科学者の高橋祥子氏は、自分の遺伝子を調べて体質やリスクを予め知っておくことは病気の予防につながると考え、2013年に遺伝子解析サービスを提供する「ジーンクエスト」を立ち上げたと言う。未来につながる新分野に挑戦し続ける高橋氏に、生命科学の視点からウェルビーイングな生き方や社会のあり方について話を聞いた。

写真:高橋祥子氏

ジーンクエスト 代表取締役 高橋祥子 氏

2015年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了(PhD)。博士課程在籍中の13年に、遺伝子解析の研究を推進し、正しい活用を広めることを目指すジーンクエストを創業。18年よりユーグレナ執行役員バイオインフォマティクス事業担当。同年、世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ」に選出。

行動規定する遺伝子に ときに抗う“意志”大切に

私たちは形だけでなく生活のあらゆることが遺伝子に規定されて行動し、不安や喜びといった感情も遺伝子に規定されています。「我々は遺伝子を運ぶ乗り物にすぎない」と生物学者のリチャード・ドーキンスは述べていますが、私はそこに余白があると思っています。例えば、どれだけカロリーを摂取すべきかは遺伝子によって決まっていますが、カロリーを少し制限したほうが健康で長生きできることは知られています。生物としては食欲のままに食べた方が有利なようですが実際はそうではない。これは有事に備えて身体に必要な量よりも多めに摂取できるように遺伝子が作られているのが理由です。人間はそれを認識でき遺伝子に抗うことができます。健康のために腹八分目に抑えることができるわけです。これは資本主義社会でも同じことが言えます。個人の欲求に従って消費すれば需給のバランスはとれますが、欲望のままに行動すると格差を生み環境が破壊されるため、持続可能ではありません。少し欲求を抑え、人や地球のためになることができるのが人間です。私たちはすべてを遺伝子に支配されているわけではありません。遺伝子の仕組みを理解した上で、自分たちは未来にどう生きたいのか、主観的な意志を持って行動することが大事ですし、それが人間の希望だと思っています。

今、世界では、コロナ感染や環境問題など、課題が山積していますが、「課題」があるのはそうでない方の未来を人が願っているからです。その主観的な意志をいかして、想像した良い未来につなげながら今できることに打ち込めば、つねに良い方向へ向かう健全な社会だと思います。最近は多様性に関する議論も多くなりましたが、生物的な観点では多様性がない生き物は間違いなく絶滅します。生物の世界では、基本的に変わり続ける環境の中に身を置くことが前提になっているため、多様性は変化の激しい環境に立ち向かう武器になります。また多様な生物が存在することで各々が影響を与え合い、生存の可能性を上げるとも言われています。

遺伝子を知ることはウェルビーイングな社会づくりに生きてくるでしょう。例えば、感情は生命科学的にすべて説明ができますから、感情に任せて怒ったり批判せずに仕組みを理解すれば、もっと良い社会にできるでしょう。ウェルビーイングを測る指標に関しても生命科学は貢献できます。今は主観的なアンケート情報などで測る方法しかありませんが、生命科学を使い精緻かつ客観的に測る取り組みも少しずつ始まっています。例えばアンケートで「幸せ」と答えた人の血中のホルモンの状態や、瞑想時の身体のホルモンの状態など、分子レベルでアプローチができれば面白いでしょう。今は、幸せかどうかを他人と比較して考える人が多いですが、指標としてデータが出てくると自分の中での比較にフォーカスできるようになります。今後ウェルビーイングの概念はより重要になると思います。全ての人類がウェルビーイングな状態であれば、戦争も飢餓も貧困も解決できるはずです。遺伝子的な感情に振り回されず、自分の行動が何によって作られているのか、主観的な自分の意志を認識し、遺伝子に抗ってほしいと思っています。

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