Well-being有識者インタビューVol.13

国内で新たに生み出された財やサービスの付加価値の総額を指す国内総生産(GDP)は経済指標として認知されている。一方で人々の消費や価値観は変化し、「コト消費」やシェアエコノミーなどが普及して金銭的な豊かさだけでは測れない幸福度や充実感を示すウェルビーイングが注目されつつある。経済学の分野でウェルビーイングはどう捉えればいいのか。ウェルビーイングな社会と経済との関係やウェルビーイング指標への期待を経済学者の柳川範之氏に聞いた。

写真:柳川範之氏

東京大学大学院 経済学研究科 教授 柳川範之 氏

中学卒業後、父親の都合でブラジルへ。大検を受けたのち慶應義塾大学経済学部通信教育課程入学。卒業後、1993年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。2011年より現職。内閣府経済財政諮問会議民間議員、新しい資本主義実現会議有識者議員等。

幸せの尺度、多様な価値観で

経済学の基本理論では、経済活動の目的は社会的厚生の最大化です。つまり経済学はウェルビーイングの最大化を根幹に考えていると言えるでしょう。

戦後のように国が貧しかった頃は人々が飢えないことを最優先にする必要がありました。また社会的厚生の測定が難しいためまずはGDPを増やすことが考えられました。本来は一時的な測定だったものが、それが目的化し経済学は「お金のことだけを考える学問」のように思われてしまった面があるのは事実です。

ある程度金銭的な満足度が得られるようになった現代社会では、ウェルビーイングをどう測るのかを考える必要が出てきました。ウェルビーイングの指標づくりで期待できるのは技術革新です。生活や身体などに関する様々なデータが採れるようになりつつあります。新たな技術を活用して、ウェルビーイングの指標づくりに役立てることが可能になってきました。

ただ技術が進化しても価値観には多様な面がある以上、多様な指標は重要でしょう。卑近な例を挙げれば大学ランキングや映画の評価などには様々なものがありますが、ウェルビーイングも多様な人々が多様な価値観を基に測定をし、指標をつくることに意味があります。

企業経営においては消費者側がウェルビーイングを高めたいと望むようになれば、企業はそのニーズに応えるような商品開発を行うようになります。これはビジネスチャンスであり、消費者のウェルビーイング向上は潜在的ニーズをつかむための必要条件になります。短期的な利益を追い求め過ぎず、中長期的な視点で消費者の望むものや人々が困っているものなどをしっかり考え、商品開発に落とし込む作業も求められます。

人材に関してウェルビーイングは2つの側面があります。一つは商品開発の視点です。今ある技術や人材のスキルからだけで考えると、本当に消費者が望むとは限らない開発に陥りがちです。消費者のウェルビーイングを考えて彼らのニーズに真に応えるには人の能力を高めることが必要です。

もう一つは従業員の視点で、彼らのウェルビーイングを高めることも大事です。従業員が望むものは、もしかすると直接企業の利益につながらないかもしれませんが、長期的に考えれば従業員のスキルアップや働きがいの向上につながり、企業にとってメリットになるでしょう。

企業がウェルビーイングを追求する際、目の前の消費者ではなく新しい消費者を満足させることになるかもしれません。でもそれを実現できれば、企業の新しい可能性を切り開くことにもなるでしょう。

GDPや金銭的な豊かさだけを追い求めていると「なかなか豊かにならない」と暗い気持ちになりますが、豊かさの評価はそれだけではありません。日本には自然や食など金銭的な指標では測れない‟豊かさ”があることを、コロナ禍を経て再認識したのではないでしょうか。金銭面とは違う指標を用いてこうした豊かさを実感できれば、明るい将来につながるでしょう。

新商品開発やサービス提供によって金銭面でもプラスになれば、消費者と企業はウィンウィンの関係を構築できます。様々な形のウェルビーイング指標ができれば、指標をターゲットにする製品やサービスも生まれます。指標づくりによってウェルビーイングを高める企業活動が促されていくことを期待しています。

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