Well-being有識者インタビューVol.15

経済発展だけでなく実感としての豊かさ(ウェルビーイング)を測定する研究が世界中で進みはじめた。その一つが「新国富指標」だ。健康、教育、自然など国内総生産(GDP)では測れない価値を数値化して経済価値に換算することで、社会全体が保有する多様な豊かさを総合的に測る指標と言える。国連の「新国富指標報告書」の代表も務める九州大学の馬奈木俊介教授に、指標をつくる意義や指標を活用したプロジェクトについて話を聞いた。

写真:馬奈木俊介氏

九州大学主幹教授、都市研究センター長、総長補佐 馬奈木俊介 氏

Gallupアカデミック・アドバイザー。日本学術会議サステナブル投資小委員会委員長。国連・新国富報告書代表。世界主要国会合G20のエンゲージメント・グループであるT20(Think20)執筆者。経済産業省及び環境省の審議会臨時委員。著作に『ESG経営の実践 新国富指標による非財務価値の評価』、『幸福の測定—ウェルビーイングを理解する』、『持続可能なまちづくり』。

幸福度を測定して経済価値に換算

GDPの出発点は経済活動によって産出されるものを測ることでしたが、災害や戦争によって失われたものは反映されないなど、欠点が以前から指摘されていました。「新国富指標」は価値を生む資本を「自然資本」「人的資本」「人工資本」に分けて測定します。こうした概念が生まれた背景には、フランス大統領が「経済成長の測定だけではない、より正確に社会全体の富を反映する指標をつくろう」と提唱するなど政治的な潮流もありました。国連が「新国富指標報告書」をまとめることを決めたのが2012年で、私は2014年から代表を務めています。

ウェルビーイングの測定は容易ではありませんが、一つはシンプルに直接、満足度や幸せ感をアンケートなどで問う方法があります。ほかに脳科学などを使って間接的に人の幸せ度合いを測る方法もあり、この分野は今後進んでいくでしょう。何に対して幸福感を得られるのかは国や地域、個人で違ってきますが、これら2つの手法でウェルビーイング度を測る取り組みは共存していくと考えられ、測定方法が広く合意を得られることが大事です。

全国30万人以上を対象にした幸福度に関する大規模調査では、衛星画像データを使い地域の発展度を細かく調べて空間分析を行いました。住む場所による満足度の違いを数値化することは、これからの町づくりに役立ちます。例えば「1億円を町づくりに投資したら3%満足度が向上した」といったデータを示すことに価値があります。福岡県中間市では「新国富指標」を活用した町づくりに取り組んでいます。高齢者ができるだけ健康でい続けられ、医療体制も維持できる仕組みができれば、みんながウインウインで持続可能な町になるでしょう。また大分県の別府温泉では、温泉の効果を細かく分析して、例えばある症状の人は30分入浴すれば症状が改善するといったようなエビデンスを示しています。

ほかにもブロックチェーン技術を持つベンチャー企業と組んでJリーグチーム「サガン鳥栖」のファンを対象にストレスの経済価値化を測る試みも始めています。ファンの応援度合いに応じてステータスがアップするシステムを作り、応援することによる喜びやストレスの改善度を測っていきます。これらの取り組みは地域振興だけでなく、システムを構築した企業の価値にもつながります。地域に投資し、事業へ取り組んでいくことが肝要です。産官学の連携で最も大事なのは民間の力だと思っています。

日本の医療体制システムが弱いことはコロナにより表面化しました。一方で、日本の医療技術者の真面目さ、健康を気づかう食生活や健康寿命は世界に誇れると思っています。健康寿命を高める要素をウェルビーイングで紐解き、マーケットを創っていく。健康寿命を向上させるしくみを示せれば、日本が世界をリードできる可能性はあります。日本からウェルビーイングを世界に広めるためには、成功事例を作ってどんどん地域発信し、民間の活力を利用していくことがポイントだと思います。小さなグループであっても海外で発信することは可能です。エビデンスを出して海外向けの報告書を出すことから始めるといいと思います。

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