Well-being有識者インタビューVol.19

資源の循環を経済成長につなげる「サーキュラーエコノミー」に取り組む企業は日本でも増えつつあるが、生物圏に負荷をかけない経済活動「バイオエコノミー」は、まだあまり知られていない。欧州ではこの2つを組み合わせた「サーキュラー・バイオエコノミー」という考え方がSDGs(持続可能な開発目標)達成の手段として注目されている。東京大学大学院で生命科学を研究する五十嵐圭日子教授にサーキュラー・バイオエコノミーの考え方や日欧での差異などについて話を聞いた。

写真:五十嵐圭日子氏

東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 五十嵐圭日子 氏

2002年より東京大学大学院農学生命科学研究科助手、07年より同助教、09年より同准教授、21年より現職。16年からフィンランド技術研究センター客員教授を兼務。木や草からエネルギーやマテリアルを生産する研究の第一人者。博士(農学)。

生物圏へ配慮し資源を循環させる社会を

サーキュラーエコノミーとバイオエコノミーは元来別の概念ですが、生物圏に負荷をかけずに物質を循環させるために、欧州を中心に二つの概念を融合させた「サーキュラー・バイオエコノミー」を推進する潮流が生まれました。さらに、環境への配慮と循環型社会の構築は結果的に人々の幸福度を上げることにもつながるので、今はサーキュラ―エコノミーとバイオエコノミー、さらにウェルビーイングという三つの概念が相互に結びつくようになってきています。

幸福度調査で上位になる北欧では、自然を中心にした思考をします。例えば、北欧では海洋汚染が問題視されるレジ袋には、海で分解される生分解性プラスチックが使われます。しかし、生分解性プラスチックのレジ袋は破れやすいため、強度が弱いレジ袋ではお客様から苦情が来ると言って日本では踏み出せない。生物圏を守るために、人間がある程度我慢することがサーキュラー・バイオエコノミーの根底にあります。北欧では人間への不必要なサービスを無くしながら環境を良くしようと考えますが、日本では既存のサービスを劣化させる勇気を持てず、実現が遠のいてしまいます。

最近は、サーキュラーエコノミーを意識してリサイクルプラスチックも使われ始めていますが、ここでも同様の問題が起こります。プラスチックをリサイクルすると、どうしてもシミのような黒点が出ます。ある日本の家電メーカーは、「消費者はピカピカで綺麗な製品を求めるからリサイクルプラスチックは外装では使えない」と、掃除機の筐体への導入を躊躇しています。一方、欧州の掃除機メーカーは、あえてそのようなリサイクルプラスチックを外装に使って「あなたに贈る世界でたった1台の掃除機」と銘打って付加価値を付けます。日本企業は、この期に及んで製品の完璧を求め過ぎるあまり環境対応で後手に回っているのです。このような欧州との感覚の差をどう埋めるかが課題だと思います。

昨年の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)では、2030年までに地球上の陸・海の少なくとも30%を保全区域に指定する「30by30」という目標が決まりました。これは食料生産に使える土地に対しても適用されるので、将来100億人の食料を栽培するための農地を確保することに対して確実に制限がかかります。生物多様性の確保は、長い時間軸で見れば人類のためになるのは確かですが、数十年単位で見ると食うに困る人が出てくるので、ウェルビーイングとのバランスを考えると難しい課題です。

私も参画している「YOIHI PROJECT」は、日本人には分かりにくいサーキュラー・バイオエコノミーを、いかに一般の人になじみやすいコンテンツで見せるかという企画です。初回は『せかいのおきく』という映画で(今月28日公開)、舞台は江戸時代なのです。あの頃はサーキュラー・バイオエコノミーが非常にうまく回って、人々の生活が安定した時代でした。ウェルビーイングの観点から見ても、日本人の幸福度は今よりずっと高かったかもしれません。そのような背景をあえて細かく説明せずに江戸時代の人の生き方を淡々と見せることで、サーキュラー・バイオエコノミーを見る人に自然に感じてもらえたらと思っています。

自然がきちんと動いてはじめて人間は幸せに生きていくことができる。一人ひとりの幸せとは何か、地球を主語にしたときに、自然と人間との関係はどうあるべきかについても考え、もっと議論していく必要があると思います。

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