Well-being有識者インタビューVol.4

2021年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2021」では政府の各種の基本計画等でウェルビーイングをKPI(重要業績評価指標)に設定して進捗把握する点が明記されるなど、日本でも国家戦略としてウェルビーイングを指標化する施策が動き出した。今後の国による幸福度重視の流れについて、自由民主党の日本Well-being計画推進特命委員会統計調査ワーキンググループ委員長を務める鈴木寛氏に話を聞いた。

写真:鈴木寛氏

東京大学公共政策大学院教授 兼 慶應義塾大学政策・メディア研究科教授 鈴木寛 氏

通産省、 シドニー大学、山口県庁を経て、参議院議員を12年間務める。2014年から東京大学・慶應義塾大学教授に就任、現在に至る。卒近代(=GDP至上主義から卒業し、幸福を再定義し、真のウェルビーイングを追求する時代)の概念提起と若者育成に遮進。

GDP至上主義に疑問 自主ゼミで社会企業家育成

日本は1990年代に国民一人当たりのGDP(国内総生産)が世界トップクラスになりました。しかし私は当時から「経済的な豊かさを得ただけで、日本人は本当に幸せになったといえるのか」という疑問を抱いていました。当時は長時間労働が当たり前の時代で、家庭を顧みないサラリーマンがほとんどでした。その影響は家庭を任されている女性に及び、育児・介護の疲労で心身をすり減らしてしまうことも少なくありませんでした。そんな社会の中で私は「近代資本主義経済は人を幸せにするのか」という根源的な疑問を抱くようになり、ウェルビーイングに関する活動を始めたのです。

まずは95年に自主ゼミ「すずかんゼミ」を立ち上げました。ゼミのコンセプトは、GDP至上主義からの卒業や、物質文明からの脱却をめざす「卒近代」です。中でも次世代を担うべき人材として「社会起業家」と呼ばれる、必ずしも売り上げやプロフィットを増やすことだけをゴールにせず、社会的問題の解決を目指す起業家の育成などに注力してきました。

そのころ世界ではすでに幸福度を政治に取り入れる動きが始まっていました。例えばフランスのサルコジ大統領は、ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツらに呼び掛け「経済成果と社会進歩の計測に関する委員会」を立ち上げました。彼らの大きな業績としてGDPでは測れない国民の幸福を数値化するために、適切な指標をピックアップしようと試みたことが挙げられます。そのほかにもいくつかの欧州諸国では幸福度を測る試みが始まり、個人と社会の幸福の両立を重んじる政策が採られるようになっていったのです。

こうした先進的な取り組みの結果、2011年にはOECD(経済協力開発機構)で「より良い暮らし指標(Better Life Index: BLI)」というウェルビーイングに関する国際的な指標がつくられました。その後、先進国はGDPに代わる指標としてBLIを経済社会政策に取り入れる方向に本格的にシフトしていきました。

施策測定しPDCA回す日本の新指標 四半期発表を

ご存じのように日本はウェルビーイング政策で欧州に大きく後れをとってしまっている部分もあります。しかし現在、日本政府はウェルビーイング計画に本気で取り組んでいます。先日ウェルビーイングを国策の様々なレベルで組み込んでいくという閣議決定レベルのコンセンサスがとられました。これは大きな進歩で、達成できたのは画期的なことです。

日本社会がかかえる次の課題は何でしょう。私の考えでは他の先進国と同水準でウェルビーイングを数値化できるようにすることだと考えています。「主観的幸福」を構成する要素をある程度数値化できれば、思わしくない結果の項目の理由を分析できるからです。そうすることで初めて効果的な対策を打ち出せますし、施策の効果を測定することもできます。いってみればウェルビーイングのPDCA(計画・実施・評価・改善)サイクルを回せるようになるのです。

日本はこのBLIやWHR(世界幸福度報告)の調査で計測や提出できない項目がまだいくつかあります。例えば「主観的な幸福度」です。したがってまず計測できる項目を世界水準に追いつくことが必要です。

世界を見渡せば、英国ではカーネギー財団が提唱したGDWe(国内総ウェルビーイング)という指標を国政に反映していますし、米国ではGNW(国家総健康もしくはウェルビーイング)について民間会社が月間ペースでレポートを出しています。日本での新指標となるGDW(国内総充実)については、現状年1回の発表が目標となり、将来的にはGDPとほぼ同時に、四半期に1回にするのが理想的な形でしょう。

主観的幸福度、産官学で分析GDWは“体調〟測る体温計

もう一つ大切なのはすでに行われている日本の様々な統計にウェルビーイングに関する項目を追加することです。実は子どもに関するチャイルド·ウェルビーイングに関しては日本でも様々な調査を行っていて、「測る」という観点では世界の最先端にあると思います。
実際に日本の子どもは学力や身体の健康は良好である半面、心の健康は良くないという調査結果もあります。次のステップはその理由を分析するフェーズに移行すべきでしょう。主観的幸福にまつわる分析は非常に難しいため、産官学が連携して取り組む必要があります。

子どもの幸福度に関係する具体的な要素では、日本にはいまだ学歴重視の風潮があり「なんとしても子どもをよい学校に行かせなければ」とプレッシャーに感じる親がたくさんいます。子どもの意思を尊重せずに勉強を強要するので親子関係がぎくしゃくしてしまうことは珍しくないでしょう。

こうした問題は政治的手法だけで解決できないのは明らかです。まずは研究者たちが社会や家庭で子どもたちに何が起きているのかを分析するべきでしょう。そしてその結果を社会全体が子どものウェルビーイングの実現にむけ活動していく必要があります。政治だけでなく企業活動や市民の行動がウェルビーイングの向上や低下につながる相互作用があることを、我々は意識しなくてはなりません。

今回の政府の成長戦略や骨太方針に「ウェルビーイングを実感できる社会をつくる」と書いてあります。それはつまり社会を構成するすべての人々や組織が共感しあい、幸福の好循環を作っていくということです。GDWが果たすべき役割は施策の妥当性を確認するための指標、つまり社会の“体調”を知るための体温計のようなものと考えると良いでしょう。

内閣府は「満足度·生活の質を表す指標群(ダッシュボード)」をまとめていますが、これをウェルビーイング·インデックスに移行しようとしています。具体的には11分野に分けて調査している国民生活に主観的ウェルビーイングを追加して12項目にすると検討しています。産官学でGDW関連統計指標をつくり、それを内閣府ホームページで公表すべく議論しています。

ウェルビーイングを政治的に取り組むことは容易ではありません。幸福という人間の心理的な要素を計測することは、場合によっては内面の自由と相反しかねないからです。
しかし、それを放置しすぎた結果がいまの日本なのではないでしょうか。学術界は新たな分野への挑戦を恐れず試行錯誤していく姿勢を示すべきですし、国民もウェルビーイングを左右する要因に関心を示していかねばならない。さらには政治の側もリーダーシップを発揮し、批判を受け止めつつ決断を下すことも必要だと思います。

すべての人が当事者意識を今が真の民主主義の転換点

世界はSDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けて動き始めていますが、その次の目標はウェルビーイングになるでしょう。すでに「ウェルビーイングを実感できる社会の形成は、国が果たすべき役割として重大である」という価値観の大転換が起こっています。

SDGsの議論は主に欧州がけん引した印象がありますが、ウェルビーイングへの転換の際は日本がイニシアチブを取ることができれば世界から尊敬される国になるでしょう。たとえ経済的には後退しても世界の歴史を切り開く側に回り、模範となる社会に転換する大事な時期だと思います。そのためには政治だけでなく学術界や企業、市民社会などの幅広い協力が不可欠です。

幸いチャイルドウェルビーイングについては日本もリーダーシップを発揮できています。子どもの健康調査や社会保険、母子手帳の発行、圧倒的に低い新生児死亡率等はこれまでの取り組みの成果だと思います。そのノウハウや知見を北欧や豪州、ニュージーランドといった国々とともに世界に発信していくのがよいと思います。

この30年間はGDPを基準にして見れば、「失われた30年」だったかもしれません。しかし時代の転換期にあって、様々な衝突や混乱を抱えている日本はある意味、時代の最先端にいるともいえます。
この混沌を意味のあるものに変えていかなければならない。日本の現状に対し、様々な意見や思いがあるすべての人が当事者意識を持つことができれば世の中を良くすることができるはずです。

不健全な状態を乗り越えて真の民主主義社会がつくれるかどうか。今こそが非常に重要なタイミングだと考えます。

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