Well-being有識者インタビューVol.16

VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代と言われる今、産業界では経営の根幹にウェルビーイングを据える企業が出てきている。利益の追求だけでなく企業の存在意義を基軸にした「パーパス経営」や、従業員の健康管理を経営的な視点で考える「健康経営」など、理念や人を大事にする経営が注目されている。ウェルビーイングな社会の実現のために、個人や企業が進むべき道、日本企業が抱える課題は何なのか。早稲田大学大学院経営管理研究科の入山章栄教授に経営学の視点から話を聞いた。

写真:入山章栄氏

早稲田大学大学院経営管理研究科 早稲田大学ビジネススクール 教授 入山章栄 氏

慶應義塾大学卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所でコンサルティング業務に従事後、2008年 米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.(博士号)取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。13年より早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授。19年より現職。専門は経営学。

普遍的な目標を持ち、パーパス経営の実践を

変化が激しく将来が見えにくい時代では企業は遠い未来に向かい腹落ちするような普遍的な目標を持つことが大事になります。ウェルビーイングとは人類の究極の目標である「幸せ」と「健康」を足した概念と考えています。ウェルビーイングに社会の目標が集約されるのはある意味当然で、大きな目標だからこそ企業が自分事にしやすいという流れがあると思います。

イノベーションを起こすには、目の前のものを深掘りしながら(「知の深化」)、将来を見据え幅広い領域に目配りする(「知の探索」)、「両利きの経営」が大事になります。しかし「知の探索」は次々新しい領域に挑むため、成功体験に固執すると難しく時間とお金がかかり、失敗も多いものです。日本企業には苦手と言えるでしょう。それでも探索を続けるには、自分が作りたい未来像を描き、それに向かって行動する必要があります。これを「センスメイキング理論」と呼んでいます。未来への意志や大きな目的があると、人は「知の探索」を続けて新しいことができるようになります。例えば「知の深化」に当たる業務はAI(人工知能)に任せ、人間でしかできない探索側にもっと人をつぎ込むべきです。問題はテクノロジーをどう使いこなすかです。特にITに弱い50~60代をどのようにリスキリングしウェルビーイングになってもらうかは課題になります。

従業員を大事にしない、パーパスがないなど、ウェルビーイングが実践できない企業は淘汰されていくでしょう。日本企業の終身雇用は、戦後、製造業が強かったことで定着しました。製造業は安定・標準化して物を売り、同質の人が同じ時間に繰り返し働いたことで発展してきましたが、今は時代が違いますし、従業員はお金以外での幸せも求めるようになっています。いつまでも製造業モデルや(過去の決断の制約を受ける)経路依存性に縛られているとイノベーションは起こりません。従業員を大事にすることと、株主の利益確保は対立概念ではないと思っています。従業員を第一に考え、コストではなく投資と捉えると、長い目で見れば業績は上がります。腰を据えてパーパス経営を実践している経営者もいます。

また日本企業はIRが課題です。例えば「知の探索」の結果、減損が発生した場合、投資家へどう説明すればよいのか相談されたことがありますが、本気で取り組んでいれば説明はできるはずです。とはいえ短期的思考の株主も多いのは大きな課題です。例えば出資者=組合員になっているような組織は、消費者や従業員が出資者でもあるので三位一体経営が可能になります。株主だけに振り回されない経営をするには、株式分割して個人が株を買いやすくするのも一つの方法でしょう。商品やブランドのファンをつくり、個人に長く株を持ってもらえればウェルビーイングにつながります。

日本では「三方良し」という言葉があるように、社会性を大事にする素地があり、伝統的に従業員を大事にするパーパス経営を行ってきた中小企業も数多くあります。一周戻って日本の良さが再確認される時代になっています。ポイントは守りに入らないこと。現状維持ではなくパーパス経営をしながら、新しい時代にトランスフォームすることが大事です。

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