Well-being有識者インタビューVol.17

ウェルビーイングを計測し政策利用する動きが目立つ。日本政府も「満足度・生活の質を表す指標群(ウェルビーイング・ダッシュボード)」を公表している。内閣府でダッシュボードの初期構想に関わった一橋大学の松下美帆准教授は、他国と比べ日本では人生の意義や生きがいに照らした幸福感「ユーダイモニア」が指標に未反映だと指摘する。

写真:松下美帆氏

一橋大学経済研究所 世代間問題研究機構 准教授 松下美帆 氏

旧・経済企画庁(内閣府)入庁後、経済や社会に関する政策や制度の立案や、経済・財政一体改革などに従事。直近では、内閣府の生活満足度調査の初期設計や社会課題解決に向けた共助社会づくり推進等の業務も携わる。2021年4月より現職。

指標を進化させ、政策・予算にも活用を

GDPでは計測できない人々の豊かさや生活の質をどう測るか、どの国も試行錯誤を繰り返してきました。日本では、分野別の主観的満足度をアンケート調査し、さらに客観指標との関係を見て分析して政策立案に使う構想から始まりました。現在、13分野の満足度と客観的な指標を組み合わせたもので運用されています。改めて、日本の現状と各国の進化を見ると、本当にウェルビーイングを意識した社会に転換するためには、ダッシュボードを進化させるとともに、各省の政策担当者がウェルビーイングを考慮し、予算編成に連動させる仕組みが必要と思います。

ウェルビーイング指標の政策活用には3つのフェーズがあります。1番目が計測やモニターといった把握、2番目が政策立案への活用、3番目が政策評価の際の利用です。把握に関しては多くの経済協力開発機構(OECD)加盟国が既に取り組み、日本もこのフェーズにあります。政策立案への活用まで進んでいる国の例に英国、ニュージーランド、フランス、イタリアがあり、英国では評価への活用が始まりました。中には、法律でウェルビーイング指標の役割を明確化して、予算案とともに国会で審議する形で、予算編成プロセスに組み込む国もあります。

ウェルビーイング指標は、主観指標と客観指標から成り、個人や地域、国の状態を計測します。日本では、主観的ウェルビーイングやその大きな変化を捕捉できていない可能性があると思っています。主観指標について、日本の内閣府の「満足度・生活の質に関する調査」では「生活満足度」を質問しますが、外国では複数の質問を設けています。研究の進展に伴い、満足度だけでなく、短期的な感情「ヘドニア」と、人生の意義・目的に照らした「ユーダイモニア」の3つに分けてウェルビーイングを捉える考え方に由来します。日本の公的な調査では「ユーダイモニア」の要素が捉えられていないと思います。

民間シンクタンクの経済社会システム総合研究所が行った「社会課題に関する日米独3か国意識調査」の結果が昨年10月に公表されました。「あなたの学業や家事、仕事が世の中の役に立っていると感じるか」との問いに対して、日本では約半数が「感じない」と回答。米独と比べて2倍以上多く、また、「役に立つ」と感じる回答者と比べ生活満足度が有意に低い結果が出ました。日本人の多くが「自分が何かの役に立っていると思えない」ことは、経済社会の停滞につながっているのかもしれません。それぞれが自分の人生の意義や目的を考えて行動することが日本人の価値観に合わないとは思いません。高野山には「生かせいのち」という標語が掲げられています。現代の人々に向けた空海の教えと捉えますが、これは宗教を超え、性別、年齢、健康状態などに関わらず、誰にも訴えかける、端的で素晴らしいメッセージだと思います。

ウェルビーイングは個人だけの事柄ではありません。国や自治体、企業、研究者にもやるべきことがたくさんあります。政策担当者や研究者を巻き込み、個人・地域・国のウェルビーイングを捉える客観的指標も洗練させる必要があります。その際には、持続可能性や公平性といった軸が重要です。現状維持は今の満足感をもたらすかもしれませんが、それだけでは将来の豊かさにはつながりません。私が考えるウェルビーイングとは「自分よし、周囲(まわり)よし、未来よし」。人々がそれぞれの環境で自らの人生を有意義だと感じ、満足して過ごせる社会を実現し、次世代につなぐ。政策や制度はその環境整備のためにあるという視点が重要になっていると思います。

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