現在、様々な場所で少しずつウェルビーイングの概念やその測定の重要性が認められてきていますが、それは最初の目標にすぎません。これから先は「その結果をどう活用するのか」そして「どうやってウェルビーイングへの取り組みに一貫性を持たせるのか」が重要になってくるでしょう。例えば、取り組みを政策に導入するためには、その結果が数値化でき、改善や悪化が客観的に分かるものでなければなりません。ですから、私たちは、ウェルビーイングの基準を多様化するのと同じくらい、様々な評価基準を統一することも重要だと考えています。
GDWが世界から必要とされている理由は、GDPに限界があるからです。経済学者がGDPの下落予想を発表すれば、社会全体が危機感を持ってその対策にあたるのと同じように、GDWが社会全体の議論や意思決定の役に立つことを期待しています。その時は、意思決定のプロセス自体が変化することでしょう。例えば、教育政策の見直しをするときは、学力の向上だけでなく、学生のウェルビーイングも重視されるようになるはずです。私が生まれ育ったシンガポールは、理数系の成績が重視される競争社会ですが、学生のウェルビーイングの概念が広まれば、異なる評価軸も出てくるでしょう。
また社会にGDWが浸透すれば、人々の共感力が高まります。「今期のGDWの値が低い」という報道を見た後に、友人からメンタルヘルスの悩みを打ち明けられたら、「社会の幸福度の低下が友人の精神状態にも影響を与えているんだ」と納得し、共感が生まれるかもしれません。そのような共感や実感を経験した人が多くなれば、ウェルビーイングを政策につなげることを広く受け入れてもらいやすくなります。
これはコロナ禍で起きた変化とも共通点があります。パンデミックによって人々が一様に孤独を感じたことで、孤独を表現したり、そのつらさを人と共有したりできる社会に変化したのです。
また、ウェルビーイングとよく似た概念である「メンタルヘルス」という言葉が、コロナ禍によってより広く使われるようになったことは、ウェルビーイング重視の世論がいま急速に広まっていることの一つの要因だと思います。生活様式が一変し、どこで仕事や勉強をするのか、誰と一緒に長い時間を過ごすのか、という人生の要素が変わらざるをえなくなったことで、人々は「自分にとってのウェルビーイングとはなんだろう」と考える機会を得たのです。パンデミックは過酷ですが、それによってウェルビーイングを見つめなおす人が増えたのは、不幸中の幸いだったと言えるでしょう。
ほかにも、BlackLivesMatterなどの社会的イベントや、昇進や家族の病気といった一個人のライフイベントでも、ウェルビーイングに向ける意識は強化されると思います。
ウェルビーイング重視の社会を世界的に実現するために、日本が貢献できることは多いと思います。ポジティブ心理学の代表的な学者たちは、日本で禅宗の僧との対話をした中でその着想を得たそうです。「侘(わ)び・寂(さ)び」といった概念はウェルビーイングに通じる深い意味が含まれますし、ウェルビーイングに似た意味を持つ「生きがい」や、自然との触れ合いによって心を癒す「森林浴」という概念は、日本では日常的に使われています。このような日本独特の概念を世界に広めるだけでも、ウェルビーイングに貢献できるはずです。
また、日本ではウェルビーイングを政策に取り入れる動きが始まっていると聞きました。これは大変喜ばしいニュースですし、私は「日本でならウェルビーイング政策をシステマティックに運用することができるのではないか」と期待を寄せています。世界中の国々に先んじて、戦略的にウェルビーイングを推進すれば、多くの国は刺激を受け、新しい価値観が広がっていくでしょう。