2014年に発表した「伊藤レポート」も、以上の考え方に基づき、日本企業の株価が上がらず、富が縮小していくことに歯止めをかけるのが狙いでした。平均株価水準が低い状態が続き、年金等国民の資産がしぼんでいく状態では、日本人の幸福は縮小しつづけてしまいます。この状況を打破するためには、個人の幸せの実現=ウェルビーイングを考える必要があるのです。そもそも、マネジメントの最終的な目標はステークホルダーのウェルビーイングを実現することといえます。
ウェルビーイングを経営に取り入れるためのキーワードとして挙げられるのが「利益を循環させること」です。
ここでいう「利益の循環」とは、投資家への分配を終えたら、次は社員に還元する…というように、中長期的な観点で利益をステークホルダー間に配分することを指します。いまの日本では経営者に余裕がなく、短期的な視点で富の分配を行っています。そのため、なかなか社員に利益が回ってこず、経済的に報われません。社会全体を幸福にするためには、順番に利益を得ること、そのために「待つ」ことを受け入れるのが大切です。
ウェルビーイングを経営に取り入れるためには、幸せのカタチは多様であるということを理解する必要があります。利益を上げるために、従来最も重視されてきたのが「効率」で、一斉に・一律にやることが正しいとされてきました。しかしこれからは、働き方にもダイバーシティーが必要です。
早く能力を身に付けて出世したい人も認めるし、プライベートに時間を割きつつ、ゆっくり成長したい人も認める。例えば、子育てというライフイベントに注力したい社員もいます。そんな人に「仕事に対してやる気がない」と評価してしまっては、その人のモチベーションが下がり、貴重な人材を失うことになります。
また、若い世代と高齢世代とでは、追い求める幸せがかなり異なります。いまの若い世代は生まれたときから情報社会に生きていて、調べれば独力でできることが増えています。彼らにとって幸福なのは、自分で選択して、選んだことをやり抜くことです。そうすることで、強い精神性も養われます。
一方、従来型の日本企業はというと、上司が課題を与えて、部下がこなすという業務が一般的です。命令されたことに対して、部下には選択の余地がありません。その結果、日本の上層部の多くは「選択する」ということに対して不慣れになってしまいました。
指示を待って完璧に遂行する人材は、日本という狭い市場の中では効率的に成果を上げることができますが、グローバル化が進みたくさんの選択肢があふれた社会の中では、自分で選び取ったことを成し遂げようとする人材のほうが、会社に利益をもたらします。つまり、広い視点でとらえれば、ウェルビーイング経営は、企業がサステナビリティーを獲得するためのプロセスでもあります。
同じことが、メンバーシップ型からジョブ型への転換についてもいえます。ジョブ型への転換で大切なことは、仕事を細かく切り分けることではなく、「社員が自分で仕事を選択し、自分の専門性を活かして仕事をやり抜けるようにする」という意味なのです。