Well-being有識者インタビューVol.29

個人の主観的な生活満足度を高めることが企業価値向上につながると考え、アルムナイ採用やボランティア休暇などの施策を試みる企業が増えている。ただ、それでも多くの人々が働き方やライフプランに関する悩みを抱えている。そんな中、就労を一時中断するキャリアブレイクの効能に注目が集まっている。一般社団法人キャリアブレイク研究所を主宰する北野貴大氏に、企業の新しい取り組みなどについて聞いた。

写真:北野貴大氏

一般社団法人キャリアブレイク研究所代表 北野貴大 氏

新卒でJR西日本グループに入社し商業不動産開発の仕事に従事。2022年にJRを退職し、キャリアブレイク研究所を設立。大阪公立大学大学院経営学研究科特別研究員。著書に「仕事のモヤモヤに効くキャリアブレイクという選択肢」(KADOKAWA)。34歳。

就労中断をプラスと捉え直し よい転機が増えていく社会に

キャリアブレイクという言葉を知ったのは2年ほど前です。当時、商社に勤めていた妻が次の仕事を決めずに退職した時には心配したのですが、妻から「サポートはいらない。いい転機にする」と言われ、キャリアブレイクについて考える端緒になりました。日本では就労と就労の間の無職の期間をブランク(空白)と呼び、ネガティブに捉えがちです。しかし、欧州ではキャリアブレイクという文化があり、出産や介護、留学などによる中断も含みます。ブランクではなくブレイク(休憩)と捉え直せば大きな違いが生じます。

事例を収集すると、ブレイク期間には「解放」「虚無」「認識」「現実の試練」「接続」の5段階があることが見えてきました。離職直後は解放感がありますが、すぐに虚無感に襲われる。ここで耐えきれずに復職する人のモチベーションは主に焦りで、急かされて社会に戻っていく。一方で虚無の期間に自らと向き合った人は、「実は自分のやりたいことは」という認識の段階に至る。この時期には、現実と離れた心の奥の理想や欲求が出てきて、学校通いなどをします。しかしここでも、なかなかスキルが向上しないといった現実の壁に直面し試練を迎えます。望み通りのキャリアにたどり着ける人もいますが、まずは理想の3割程度と折り合いをつけ、社会と接続を試みる人もいます。

ブレイク中には経済的問題も発生します。貯金が減ると誰もが不安になり支出の見直しを始めますが、真剣に考えると何が自分には大切なのかが見えてきます。仕事から離れると孤立はしますが、それは単なる事実。孤立したことで寂しさなど孤独感にさいなまれる人もいれば、孤立を自分と向き合う時間と考えプラスに転換する人もいます。どちらに向かうかは本人のマインドセットと周囲の環境に左右されます。

最近は企業からの相談もあります。ある会社はボランティア休暇を導入したり、家や会社とは別の「第三の場所」を社員が持つことを推奨したりしています。背景には社員に様々な経験や知見を持ってほしいという意向があります。ただ、制度を作っても「利用すれば人事考課などで不利になるのでは」などと社員が深読みしてしまい普及しませんでした。そこで私がキャリアブレイクの実態や意義や効能を紹介し、文化醸成のお手伝いをしています。社員の様々な転機を内包することは、企業競争力を高めます。一度退職してもつながりを維持し、再雇用につなげる「アルムナイ」を取り入れる企業もあります。

キャリアブレイクの定着にはまだ時間がかかりそうですが、転機を市場と捉える企業も出始めました。例えばキャリアブレイク研究所が大手書店と共同で企画した神戸・三宮の書店は、「転機の人のための本屋」というブランディングで注目されています。個人のウェルビーイングを支えるのは「自己決定」ではありますが、それは「信じて待つ」という社会環境が備わってこそ実現可能です。転機の人に対して周囲が心配しすぎると、いつの間にか自己決定ではなく他者決定になってしまいます。信じて待てば必ずうまくいくとは限りませんが、「信じて待つ」ことの効能をもっと期待してもいいと思います。