Well-being有識者インタビューVol.30

国連のSDGs(持続可能な開発目標)は2030年に期限を迎える。その先のビヨンドSDGsにはウェルビーイングの概念を盛り込むべきとの指摘もある。ただ、ウェルビーイングな社会の実現には、一部地域だけでなく世界全体で安心して暮らせる環境を整えることが不可欠だ。国際的な官民パートナーシップ「グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)」が取り組む途上国での感染症対策も、安心・安全な生活環境の確保に寄与する活動だ。ウェルビーイングとは何かを、國井修GHIT Fund CEOに聞いた。

写真:國井修氏

公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund) CEO 國井修 氏

自治医科大学、ハーバード公衆衛生大学院卒。長崎大学熱帯医学研究所教授、国連児童基金(ユニセフ)上席アドバイザー、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)局長を経て2022年より現職。これまで120か国以上で人道支援,感染症対策などに尽力してきた。

「顧みられない熱帯病」克服で世界のウェルビーイング向上

GHIT Fundはマラリアや結核、顧みられない熱帯病(NTDs =Neglected Tropical Diseases)などの治療薬開発のために企業をつないで支援する国際的な非営利組織です。2023年に創設10周年を迎えました。新薬開発は簡単ではなく、例えば1件に10年以上、数百億円の資金が必要になることもあり、しかも成功率は高くありません。このため民間企業が単独で取り組むにはリスクが高いのです。そこにGHIT の存在意義があります。

GHITは約10年で120件以上のプロジェクトを手掛け、成果も出始めました。代表例は海外と日本の企業連携で生まれた寄生虫感染症「住血吸虫症」の治療薬です。これは薬事承認の段階まで進んでいます。こうした薬の開発は、実は途上国だけでなく先進国にも重要なのです。気候変動や人の往来が増えた結果、従来は熱帯や亜熱帯地域の風土病だった病気が、先進国を含め世界中に拡散する傾向が出ています。結核も未だに100万人以上の命を奪い、既存薬が効きづらくなる薬剤耐性(AMR)の問題が深刻になっています。そのため早期発見に役立つ診断法や、新薬の開発が求められているのです。GHITの役割は各方面から資金を集め、官民のパートナーシップを構築して新薬を開発し、それを現場に届けることです。

私は「人間の幸せとは何か」を中学時代から考えはじめ、今も問い続けています。ウェルビーイングを理解するには、米国の心理学者A・マズローの欲求5段階説がしっくりくると思います。貧困で苦しむ地域に食糧や医療を届けることは、マズローの説では1段階目の生理的ニーズ、2段階目の安全ニーズを満たすことに該当します。ただ、人は物質だけでは満足できず、3段階目の社会的(愛情・帰属)ニーズも重要です。さらに承認欲求を経て、自己実現欲求、社会や世界のために何かしたいという利他的な欲求も生じます。多くの人がこのレベルに達すると個人も社会ももっと幸せになるでしょう。

いずれにせよ、途上国には1段階目や2段階目のニーズも満たされていない地域があります。こうした地域に適切な保健衛生や医療を普及させ、ウェルビーイングの土台を築くことは、ビヨンドSDGsでも重要になるでしょう。都市部に限らず全国津々浦々で、高品質な医療が提供されている日本は、ビヨンドSDGs でも果たせる役割は大きいと思います。

ただ、世界に貢献するには、単に日本の経験や成功事例を伝え、日本の製品や技術を届けるだけでは十分ではありません。現地の問題や社会背景などをしっかり理解した上で、日本の経験・技術・製品をどう役立て、応用するかを考える必要があります。私は約20年ぶりに日本に帰国して、安全で安心な暮らし、親切で誠実な人々が多いこの国の素晴らしさを感じつつも、幸せや喜びにあふれていない人が多いことに驚きます。世界の健康やウェルビーイングを考えながらも、日本のウェルビーイングに貢献していくこと、Think globally, Act locally が今後も大切だと思っています。