Well-being有識者インタビューVol.32

「幸福学」の研究者として講演や執筆活動をしている前野マドカ氏は、子どものウェルビーイングの重要性を説いている。ただ、子どものことを考えるあまり、親が自分の人生で犠牲を強いられるとしたら、それは結果的に子どもの幸福度向上にはつながらないとも指摘する。前野氏に親子関係の視点から、ウェルビーイングとは何かを聞いた。

写真:前野マドカ氏

EVOL株式会社 代表取締役CEO 前野マドカ 氏

EVOL株式会社代表取締役CEO。武蔵野大学ウェルビーイング学部客員教授。慶應義塾大学大学院SDM研究科附属SDM研究所研究員。システムデザイン・マネジメント学、幸福学の研究者である前野隆司の妻。愛とWell-Beingにあふれた世界を創るための研究と実践を行なっている。

子どものウェルビーイングには まず身近な大人の幸福実現が必要

幸福学とは、哲学や宗教学が長年研究対象としてきた「愛」「幸せ」といった概念を、統計学や心理学をベースに分析する学問です。幸せになるためのメカニズムを解明して、人がどのような条件下で幸福感を得られるのかを追求する心理学の基礎研究領域になります。分析方法の1つに幸福度診断「Well-Being Circle」があります。心的要因に関するアンケートに答えてもらい、ウェルビーイング度を計測するものです。

幸せについて考えるようになったのは、夫の米国留学を機に幼い子どもを連れて渡米した時です。当時私は主婦として家庭を守ることに専念していました。しかし、米国で出会った女性たちから「マドカの夢は何?」と聞かれ、「子どもたちを立派に育てること」と答えたところ、「それはあなた自身の夢ではない。母という仕事の一つ」と言われてしまったのです。自分なりに子育てに使命感を持っていたので衝撃を受けましたが、それ以降は自分自身が何をしたいか、何をすべきかを考えるようになりました。

日本に帰国後、子供の学校のPTA活動の一環で「自分自身が今、幸せでいることの大切さ」を伝えました。そして、親である自分が幸せを実感することが、結果的に子どものウェルビーイングを高めることも説明しました。ここで手応えを感じたことが幸福学の研究に本格的に携わるきっかけになりました。

親が自分の幸せを追求することは、決して子供をないがしろにすることではありません。子どもの幸せを考えるなら、まず子どもにとって身近な存在で大きな影響を受ける親や教師がウェルビーイングな状態になることが大切です。実際、ある小学校で約1600人の児童と教師たちを対象にアンケートをとり「Well-Being Circle」で分析したところ、担任教師の幸福度が高いクラスは子どもの幸福度が高いことがわかったのです。この結果を基に、教師対象のワークショップを開催して子どもの教育には大人がウェルビーイングな状態であることが大事だと伝えています。子どもは他者と自分を比べて自信をなくしたり、何が幸せなのかを見失ったりしがちです。そうなる前に、親や教師を通じて自らを大切に思うことや生きる楽しさを実感してほしいと思います。

今後やっていきたいことが2つあります。1つはウェルビーイングを五感で実感・体感してもらうことです。ウェルビーイングは言葉としては徐々に認知されてきましたが、経営者の中には「ウェルビーイング経営=ゆるい経営」と勘違いされている人もいます。そういった人には、五感を使ったワークショップを体験してもらいます。五感を使って心地よさを覚えると、その感覚は継続するので、次の行動につながります。

もう1つは、日本ならではのウェルビーイングを世界に広めることです。海外の学会に行くと「日本には美しい自然や文化、歴史があるのに、なぜ自信を持って広めないの?」と聞かれます。外からみると魅力的な日本なのに、日本人がそれに気づけていないのはとても残念です。日本には茶道や禅など、心を穏やかにする文化がたくさん存在します。日本文化に根ざした日本流ウェルビーイングを、誇りをもって海外に広めていきたいと思っています。