Well-being有識者インタビューVol.35

人はどう生き、どう働けばウェルビーイングを実感できるのかという議論が、活発に交わされるようになってきた。しかし、病を患い命が尽きる際の終末期のウェルビーイングが話題になることは少ない。「看取りの医学」の最前線に立つ老年内科医で作家でもある南杏子氏に、最新作の小説『いのちの波止場』(幻冬舎)の創作エピソードを交えながら死の観点からのウェルビーイングについて話を聞いた。

写真:南杏子氏

作家・医師 南杏子 氏

日本女子大学家政学部を卒業後、出版社勤務。夫の転勤に伴い英国へ。帰国後、33歳で東海大学医学部に学士編入し、38歳で医師に。慶應義塾大学病院老年内科などでの研修を経て、都内の高齢者病院に内科医として勤務。臨床体験などをもとに2016年『サイレント・ブレス』(幻冬舎)で小説家としてデビュー。最新作は『いのちの波止場』(同)。

大看取りの医学が支える 死の観点からのウェルビーイング

医療には誕生や幼少期に関わる産婦人科や小児科から、亡くなる直前の終末期医療まで様々な分野があります。ウェルビーイングという概念にも、若年期、壮年期の生き方や働き方という視点に加え、命が尽きる直前の時間をいかに過ごすかという視点があると思います。

『いのちの波止場』には、末期がんで重度の認知症を患う父親に何としても延命治療してほしいと要望する家族が登場します。実際、病院に入院すればどんな病気でも治ると思う家族の方もいます。そして90歳超の高齢患者に「ちゃんとリハビリをして歩けるようにならなきゃ」「体力を維持するにはとにかく食べなきゃ」と強要します。これは患者さんにとって幸せなことでしょうか。人生の終末を迎えようとしている人の貴重な時間を、辛いものにしかねません。

私が勤務する病院に、食欲の減退した患者さんが入院されました。家では家族に厳しい顔で「食べなさい」と言われ続けていましたが、病院で「食べても食べなくても、好きなように」という対応をとったところ、ニコニコして召し上がるようになりました。家族はどうしても無理をさせがちなんですね。1、2カ月もすると家族は「笑う顔を久しぶりに見ました」と驚き、「車いすに座って笑顔でおやつを食べているならそれでいいですね」といったように心境が変化します。患者さんの望みに沿うことこそ、終末期のウェルビーイングだと気づかされます。そして大切な人を安らかに見送ることができれば、残された人のその後の人生もウェルビーイングになると思うのです。

『いのちの波止場』に登場する看護師、星野麻世のように、患者さんの心の声に耳を傾け、本当のニーズを受け止める医療従事者がいれば、終末期のウェルビーイングをより丁寧にサポートできます。ただ、そのためには、医療従事者にも心の余裕が必要です。患者さんをハッピーにするには、医療現場の働き方改革は不可欠です。

今、私が勤務する病院の患者さんは平均年齢が90 歳を超えます。終の棲家としての入院がほとんどです。そのため、スタッフは皆、「明日はこの患者さんに会えないかもしれない」と心を込めて仕事をしています。そして患者さんが亡くなれば毎回、「デスカンファレンス」で最期の支え方を振り返ります。納得できる看取りができた時は、スタッフのモチベーションが上がりますが、そうでない時もあります。悲しい喪失経験に寄り添い立ち直りを支援するグリーフケアは、家族のためと思われがちですが、医療スタッフにも必要です。

終末期医療は医師だけではできません。看護師や介護士、理学療法士、調理師、レクリエーションや生活支援のスタッフ、そして事務職員など様々な職種の人が参加することで患者さんの最期の大切な時間を支えます。生活の中で何か楽しいことがあれば、今日1日を生き、明日も生きようと思えます。楽しいことが、薬よりも食欲をアップさせたり、笑顔を増やしたりする力になることを日々感じています。私が小説を書くのも、人生の素晴らしさとともに誰もが迎えうる終末期のリアルを広く知ってもらいたいからです。